● キスをした唇は鉄の味。
いつ、こうなったのだろう。
いつから、こうなったのだろう。
僕が捕まった時から?
キラが捕まった時から?
竜崎に屋敷に監禁されてから?
ガタンッ。
大きく響いた音に、目を開ける。
音の方へと視線を巡らすと、開いた窓が風に煽られてガタガタと音を立てていた。
外の風景が見える。
今日はいつもより風が強いらしく、緑がゆらゆらと揺れていた。
「どこを見ているのですか」
「・・・ぅっ・・」
ぱしん。
掌で頬を張られる。
貴方は私のものなんですから。
そう表情の無い顔で笑う男。
軽そうな音に反して、頬を張るその手には意外なほど力が篭っていたため。
頬の内側が切れて口の中に鉄の味が滲みこんできた。
溜まり込む金臭さにほんの少し顔を顰める。
ぼんやりと何も考えずにその液体を舌で転がしてみた。
やっぱりそれは錆びた鉄の味。
奴は時々暴力的になった。
今では慣れたものの。
最初はワケが分からなかった。
「竜崎っ・・・何するんだっ!!!」
「キラ、愛してます」
「りゅうざ・・・やめっ!・・・ぐぅっ!!!」
「ねぇ、キラ。愛してるんです」
その一点張り。
ただキラと呼び、愛してると繰り返す。
会話が成り立たなくて、終いには諦めた。
何故こんなことをするのか。
分からなくて、暴力を振るわれた翌日に聞いたことがある。
「竜崎、どうしてこんなことをするんだ・・・?」
「こんなこと、とは?」
「殴ったり蹴ったり。女でもない僕とセックスしたりだよ」
すると竜崎は決まって首を傾げた。
「殴ったり蹴ったり」
「そう。暴力」
「・・・暴力・・・」
暴力という言葉に聞き覚えがないというかのように。
「何のことです」
そう首を傾げるのだ。
さすがに最初は怒った。
「何言ってるんだ・・・覚えがないとでも言うつもりか?」
「だから何のことです」
「あれだけ人を殴っておいて・・・?」
これだけ人の身体に痣を作っておいて?
けれども。
全く覚えがないと言い張る男に。
もう言葉も無かった。
がたがたと音を立てる窓。
床の上に押し倒されたまま、その音を聞く。
逆らいさえしなえれば、男は手首に痣を残す程度で許してくれた。
「・・・っ・・あ・・・」
「月くん」
ふいに。
キラではなく。
名を呼ばれて。
目を薄っすらと開ける。
そこには唇に弧を描いた男の姿。
ああ、駄目だ。
「キスしてもいいですか」
「勝手に・・・すれば、いい」
唇が重なる。
せめてもの厭がらせ。
溜まった血を送り込んでやれば。
男はにぃっと笑って唇を離し。
「愛してます」
唇の端から血を滴らせながら再び唇を重ねた。
がりりと舌に歯の感触。
溢れかえる。
錆びた。
赤い。紅い。緋い。
鉄の。
味、が。
離れた真っ赤な口元。
ああ歪んでる。
金臭い愛の言葉に溜息一つ毀れた。
いつから。
そんなこと。
なんて愚問。
きっと最初からだったんだ。
Lと月(キラ?)。
これも一つの姿。
暴力じゃないんです。愛だったんです。
ゆがんでる。
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